理系の大学院を卒業し、一部上場メーカーに就職。そして業種はこどものころからの夢だった「宇宙」に携わる仕事。傍からみたら順風満帆の人生を歩んでいたのになぜそそくさとUターンしてしまったのか。
昨今世の中のトレンドであるキャリアアップ転職とは趣向が全く逆の転職の体験談が参考になれば幸いです。
小学生のころから宇宙が大好きだった私
誰に言われたわけではないですが、小学校から宇宙が好きで、クリスマスプレゼントに宇宙の図鑑を頼んだり、望遠鏡を買ったりするくらいには好きでした。
いろいろな経験をして何を仕事にしたいかと考えるときに心の底には「宇宙」関係の仕事に就きたいとずっと思いつつ就職活動を進め、運よく第一志望の会社に入社しました。
入社して知ったガチ勢の世界
漫画『宇宙兄弟』でいうところのムッタ側ではなかった
私は理系で大学院を修了していますが、専攻は宇宙とは無関係。
いざ入社して同期の経歴や先輩たちの話を聞くと、
- 大学入学時点で宇宙分野の専攻を希望していた
- 学生時代に小型衛星を打ち上げているのは当たり前
- 宇宙という分野はかなり社会が狭く、村社会(大学は違えど、なんとなく知り合いが多い)
- JAXAは絶対神
- 趣味(宇宙)が仕事なので皆際限がない
私は大学時代、部活や日焼けに全振りしていたタイプ。
ですので本物の宇宙好き達(ムッタ君たち)と出会い、うれしいと思うどころか逆に一線を引いてしまいました。
目の前に宇宙はなく、あるのは回路とコード
配属は設計。
業務は
- 回路設計
- コードを使ったシミュレーション
などでしたが、専攻は半導体。完全に未知の領域でした。
自分でも家で勉強をしたのですが回路設計やコードを書くのが苦手で(仕事なんだからやれ笑)、まさに何がわからないのかわからない状態で半年以上苦しんでいました。
同期達の仲が良かったこともあり何とか助けてもらいながら仕事をこなしていましたが、
「このままあと35年これ続けるのか?」
と毎日自問自答を繰り返すようになり、2年目の途中にくると当初の「宇宙」に携わっているという気持ちなんてどこにもなく、毎日画面内の回路設計とコードをひたすら見続け、夜遅くに帰って寝るだけの毎日。
自分が仕事を続けてる理由は、もはや宇宙という憧れの分野ではなく、ただ給料を貰うためだけのライスワーカーに成り下がっていました。
当時JRから自分の職場が見えたのですが、休みの日にJRに乗るときは必ず会社側を背にして視界に入らないようにしていました。
きっかけは飲み会での課長との何気ない会話
当時うちの会社は課長になれば1000万は軽く超えるような会社でした。(今ではもっとでしょう)
ある日、色んな課の課長と若手との飲み会があり、そこで隣に座っていた課長が
「こども2人いて中学から私立に入れたら課長でも家計は火の車」
「平日はこどもが小さいころに起きてるのを見たことがない」
と話してくれました。
この二言が僕にはかなり効きました。
私は私立の進学校なんてほぼない地方出身なので、私立中学にこどもを入れるというのもピンとこなかったですが、そのような都会の風潮的に自分の子も私立に入れる流れになるのかなと容易に想像できました。(現に会社の同期や同じ地元出身の大学同期も、こどもの受験を視野に入れているみたいです)
それとともに1000万以上稼いでも余裕がないという現実に正直衝撃を受けました。
また、当時の僕は育児にだいぶ前向きで、こどもに時間を割きたいと考えていたので、仕事でこどもに時間が割けないというのは当時の僕は受け入れられませんでした。
なんのために仕事をしているのか改めて考えみた
仕事は
①「お金(報酬)」
②「内容(やりがい)」
③「時間(ワークライフバランス)」
の三本柱
と当時定義づけし、何に重きを置くのかということを考えました。
それを自分に当てはめたとき
①収入→世間の上位の10%に入っている
②やりがい→こどもからの夢を叶えた
③時間→ない
3本柱のうち2本を網羅しているのに、幸せではない。
ここで自分の中の価値観が、お金よりもやりがいよりも自分の時間が大事という結論しかでてきません。
この結論からでてからはもう早かったです。こどものころからの夢を早々に切り捨て、すぐに地元へのUターンを計画し始めました。
同じ事業所に配属になった同期50名の中で退職第1号
当時(2015年前後)はそこまで転職気運も今ほど高くなく、自分がいた会社は新卒3年継続率97%程度で、辞める人自体が極めて稀でした。
当時も今も仲が良い人事に居る同期が、まだ僕がみんなに伝えるまえに退職者名簿に僕の名前を発見したときは、衝撃とともに、昨日の休みもみんなであんなに騒いで遊んでたのになんで!?!?と思ったそうです。
ただ、既知の通り、そのあと世間的に転職の機運が高まり、今でも仲が良い元同期10人の中で僕を含め4人が転職しています。
転職した元同期が言ってくれた言葉
今でも仲が良い元同期で転職したO君がいるのですが、仲が良い元同期の泊りがけでの集まりで、
「お前が退職するとカミングアウトしたあの同期でのスノボ旅行の日、あれが自分の中でのターニングポイントだった。」
と言ってくれました。
その時、当時は僕の人生のためだけの選択が、図らずしも他の人の人生に影響を与えた。そしてそれがよい影響を与えていたということにうれしくなってしまい、二人で号泣しながら酒を飲み、吐きました。
まとめ 正解かどうかはわからない
当時20代にも関わらず白髪が爆増し、転職後40も近くなってきた現在の方が白髪が少ないということは、それだけストレスがないのかもしれません。
ただ、その代わり自分が重きを置いていた育児でノイローゼになってしまったり、本当にこれでよかったのか悩むようになってしまったのもまた事実。
その点もおいおい書いていければと考えています。
今日もあざました


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